付喪神つくもがみうた

【01〜10】




「櫛」
洗い立ての黒髪に
5本の指を通す
女は母から譲り受けた鏡台の前で
滑らかな指の感触に浸り
うっとりと指を食んだ
黒く艶のある柘植を女が握る
その手に絡んで
柘植の小枝が女を握った


「雨傘」
放置された傘立てに
刺さったまま 時が過ぎ
おまえは空を恨み
雨を睨んだ
人はおまえを選ばない
朽ちて錆び付く運命を呪った
が ある日 子どもがおまえを広げ
雨に濡れた子猫の上に
そっと被せた


「反物」
祖母が昔
演芸会で買って来た反物が
箪笥の底に眠っていた
広げてみたが
母には派手で 娘には地味だ
反物は 使い道がないまま
再び 箪笥の底へ
色褪せて 思い出褪せて
愛想尽かして闇夜に飛んだ


「蓄音機」
大きなラッパが開いていた
物置の中で
祖父の形見のそれは
とっくに壊れて 音を失くしていた
それでも 風が吹くと
ラッパから音が漏れ出す
ベートーヴェンが運命を奏で
シャンソン人形が歌う
音楽会は朔の夜に開催された


「パレット」
木箱を開けると微かに油の匂いがした
木製のパレットには 絵の具が染みついていた
筆は忘れていなかった
彼らは怒って僕を突き
画布に殴り描いた
ごめんよ
藍色に染まって行く世界を
僕は 黙って見つめていた


「扇風機」
集積場に捨てられたおまえは
空と同じ色の羽を持っていた
そのプロペラを回せば きっと飛べる
おまえは信じていた
風に靡いたリボンの前で
笑い合ってた子ども達と
共に行けると……
プロペラは回り続ける
降りしきる雪の中で


「硯」
墨を磨る
その手に添えた
想いは既に干からびて
月の外に手渡した
今はもう 磨り減る事もない
注がれた墨汁は
漆黒と呼ぶには薄く
やがて飽きられ 年は過ぎ
墓標と化して毒を撒く


「だるまストーブ」
人々は俺を囲んだ
寒い冬に暖を取ろうと
俺はいつだって
熱情を燃やした
お湯を沸かし
鍋料理を煮
餅を焼いた
皆から重宝がられた
だが 北風の吹く今夜
俺は凍り付いたまま
燃やせない命を抱いて闇を睨んだ


「井戸」
ポンプ式のその井戸は
人々に潤いをもたらした
なのに 今は
人も植物も枯れ果てた
忘れ去られた時間の先で
夜になるとその井戸は キイキイと音を立て
狂ったように水を吐き出し
渇いた空と
罅割れた月に水を飛ばした


「梯子」
古い家の縁の下で
長い間眠っていた
白茶けた木製の梯子を
誰も立て掛けてくれなかった
空が恋しかった
あの太陽の光の中までも
昇りたかった
家が壊された日
折れた梯子は天に昇った
今も時折 雲間から
白い梯子が見えるのだという